7の月23夜☽拒絶の生む冷たい空虚さ
人が他人と思いやりの絆を結ぶときには、常にふたりを結ぶエネルギーの糸ができます。それが透視者には人から人へ流れる金色の光として見えます。おへそのあたりから流れ出るこのエネルギーの糸は、からだと心を結びます。こうしたエネルギー上のつながりに多くの人は気づきませんが、気持ちでそれを感じることはできます。
思いをかける相手に拒絶されたら、人は絶望します。エネルギーの糸は巨大なゴムのようなもので、その一端が切れると跳ね返り、相手のからだをむち打ちます。おなかに叩きつけられたときには、肉体の痛みとなることもあります。人間関係の一方にしか気持ちがないと、空虚さが生まれます。
歴史を通じて、人は心破れて死んできました。エネルギーの糸が跳ね返り、肉体のなかで自分自身をぐるぐる巻きにして、生命力の流れを止めてしまうのです。からだが病気になることもあります。いずれにせよ、癒しの過程には慈愛と優しさが必要で、エネルギーの糸に封じ込められた生命力を解きほぐしてやらなければなりません。そのためには、周りの人たちの深い思いやりが必要です。周りの人たちがどのくらい思いやりをもって接するかが、拒否された打撃で受けた傷の深さを決めるのです。
こうしたことを念頭に置いて、私たちを思いやってくれる他人には感受性と慈愛に満ちたコミュニケーションを心がけましょう。弱虫の証拠を見せて、しっぽを巻いて逃げたりしないように。
7の月22夜☽愛のある子育て
両親は子供にかけがえのない愛を与え
喜びと涙の歳月を犠牲にしてくれます。
思いやりに満ち寛容に、
時には厳しく、
学ぶべき教訓の
ガイドラインを与えて。
障害や病、不眠を乗り越え、
無垢の抱擁の愛おしさで
大きな喜びを感じて。
常識を教えながら
夢をもつことを許し、
反抗のティーン時代に
バランスを見つけ。
愛で子供を育てるのは
希望と恐れを伴うテスト。
それでいて尊敬し崇拝できる
貴重な宝を
創り出すことでもあるのです。
7の月21夜☽子犬の愛
人は、皮肉屋で頑固で無感情になる前に、特別の初恋を体験します。若者が他人に抱く熱い感情を大人が見下すのは、無神経な犯罪行為です。その痛みで心は冷え、不健全な反抗心を生みます。
たしかに、少年や少女が恋愛や結婚に夢中になるのは早すぎるのかもしれませんが、そうした感情の泉は尊重すべきなのです。子犬の愛を笑うのは、親として間違いです。子供にとっての最愛の人を醜く批評すれば、その子が人生で選んだ選択を見下すことにもなるのです。これは子供にとっては大きな打撃で、親への新たな不信の感情を植えつけかねません。
7ばんめの月の巡りの地母神であるすべてを愛するは、伝統で語られる最大のロマンスの主人公はしばしば情熱的な少年少女なのだと気づかせてくれます。デリケートに状況を見守る感受性をもつことが、大人としての責任です。ただでさえ、この現代社会で育つことは、若者にとっては痛ましいことなのです。ましてや、無垢な心や愛の表現を、擦れた無神経さで大人に踏みにじられたら、彼らは大きな打撃を感じるでしょう。あなたも初恋で感じた特別な気持ちを思い出してみるべきときではありませんか?
大人は面白がって子供だからってからかったり下に見たりしますが、絶対にやめましょう。皮肉屋で頑固で無感情、まさに思春期の自分のことかと思いました。無神経な犯罪行為と言い切ってくれてホッとします。